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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)11374号 判決 1987年8月25日

原告

安藤吉郎

ほか一名

被告

日本道路公団

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告安藤吉郎及び同安藤ツヅに対し、各二二五〇万円及びこれに対する昭和六〇年六月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告らは訴外安藤昌嗣(以下「昌嗣」という。)の両親であり、昌嗣は、昭和三九年九月二八日生れで、後記事故当時日本大学法学部二年に在学する満二〇歳の学生であつた。

(二) 被告は、道路整備特別措置法二条の二、六条の二に基づき、高速自動車国道中央自動車道(以下「本件道路」という。)を設置、管理する国家賠償法(以下「国賠法」という。)二条所定の公共団体である。

2  事故の発生

昌嗣は、昭和六〇年六月一九日午前〇時二〇分ころ、普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)を運転して本件道路上り線(以下「本線」という。)を東京都三鷹市方面から新宿方面に向けて進行中、烏山シエルターを通過して間もなく同線〇・八キロポスト(本件道路と首都高速道路の接点である高井戸を起点とする三鷹方面への距離の標識。以下単にキロポストのみで表示する。)付近の東京都杉並区久我山二丁目一番地に設置された一般道路への出口(以下「高井戸流出ランプ」という。)に通じる減速車線(以下「本件減速車線」という。)と本線との分岐端(以下「本件分岐端」という。)であるコンクリート台座(以下「本件台座」という。)に衝突し、死亡した(以下、これを「本件事故」といい、本件台座地点を「本件事故現場」ということがある。)。

3  被告の責任

本件事故は、次のとおり、被告の本件道路の設置・管理の瑕疵により発生したものである。

(一) 本件道路の状況

(1) 本件事故現場付近の本線は、二車線であり、烏山シエルターを出ると本件事故現場にかけて約四〇〇メートルにわたり大きく右にカーブしている(クロソイド曲線二五〇R、七パーセントの右勾配)が、同シエルターを出て間もなく本線に沿つて本件減速車線が設けられ、これが本件分岐端付近にかけて扇形状の広がりを見せている。

本件事故当時は高井戸流出ランプの供用開始前であり、本件減速車線は、本線〇・九六五キロポストを始点にして同〇・八四〇キロポスト地点まで徐々に幅員を広げていたが、同地点から本件分岐端の少し先である〇・七六三九キロポストにかけて本件減速車線を斜めに横断する形で仮設防護壁により閉鎖され、本件分岐端は三鷹方面に向かつて突き出た状態にあつた。このような状態にあつたため、本線は烏山シエルターを出ると急に道路幅員が広がりそのまま直進できる状況を呈していた。そのうえ、本件事故当時、本件道路には四〇メートル間隔で街路燈が設置されていたが、一燈おきにしか点燈されていなかつたため高速自動車国道の夜間照明として必要な明るさを欠いていたうえ、折からの降雨にも影響されて極めて視界が悪く、本線を画する外側線の白線を全く識別できず、また、本件台座に本件分岐端の存在を示すために設置されているブリンカーライト(非常点滅燈。以下「本件ブリンカーライト」という。)の点滅も先行車両の尾燈との区別が困難であり、更に、本件減速車線に沿つて設置されたレーンデイバイダーも不明瞭なうえ、本件分岐端近くまでは達しておらず、その機能を十分果たしうる状況にはなかつた。

(2) このような道路状況のため、明るい烏山シエルターを出た直後の運転者は、本線車線を識別できないため、ほとんど勘で走行するよりほかなく、自然に直進して本件減速車線に進入し、本件分岐端に衝突する高度の危険があつた。なお、本件分岐端の前部には、烏山シエルター側に向かつて幅一・一メートルないし〇・八メートル、長さ五・一メートルの細長い半島状の暫定的なアイランド(安全地帯・以下「本件アイランド」という。)が設けられていた。右アイランドは、コンクリートを盛り付けたものであるが、本線側が高く路面から最高〇・二五メートル(本件減速車線路面からだと同〇・四七メートル)であり、本件減速車線側及び先端側はなだらかに傾斜していた。

(二) 本件事故の発生状況

昌嗣は、右の道路状況のため、明るい烏山シエルターから出たところで本線車線部分を識別できないまま、未供用の本件減速車線を本線と錯覚して進入し、走行したところ、進路前方の本件ブリンカーライトに気付き、ハンドルを右に切つて本線に戻ろうとしたが、本件自動車が本件アイランドに乗り上げ、その傾斜にハンドルを取られてハンドル操作の自由を失つたか、又は車台底部(最低地上高〇・一八五メートル)が本件アイランドの前記高位部に接触して車輪が浮き、ハンドル操作による進路誘導ができなくなり、しかも本件台座は前部が円錐形になつていたのにこれに対する緩衝物である二個のクツシヨンドラムが適切な位置に設置されていなかつたため、直接コンクリートむき出しの本件台座に衝突して死亡するに至つたものである。

(三) 本件道路の設置・管理の瑕疵

前記(一)、(二)に述べたところから明らかなとおり、本件事故の発生は、烏山シエルターを出た車両が誤つて本件減速車線に進入することがないよう本線に沿つてガードレール又は土のうを設置するか、そうでなくてもクツシヨンドラムを本件分岐端の延長線上に設置するか又はレーンデイバイダーを本件分岐端までその延長線上に設置すること、あるいは本件分岐端の本線側の側壁に沿い込むように本件仮設防護壁を設置し、本件分岐端の突出状態を解消して衝突の余地をなくすこと、また、夜間、降雨下の視界に支障を来たさないよう、設置された街路燈をすべて点燈して十分な明るさを保持し、又は本件ブリンカーライトないし本件分岐端を識別できるような設備を設けておくこと、仮にそうでないとしても、本件アイランドのごとき障害物を撤去すること、更には本件分岐端の手前にクツシヨンドラム等の緩衝物を設置しておくこと等々のうちいずれかによつて容易に防止しえたし、また、仮に事故が発生しても昌嗣が死亡するような重大な結果には至らなかつたものというべきである。

したがつて、本件道路は、右の諸点において夜間、降雨時の高速自動車国道の走行に対する安全性を欠き、その設置・管理に瑕疵があつたものというべきであり、右瑕疵により本件事故が発生したのであるから、本件道路の設置・管理者である被告は、国賠法二条一項に基づき本件事故により生じた後記損害を賠償すべき責任がある。

4  損害

(一) 昌嗣の損害

(1) 逸失利益 三四九八万円

昌嗣は、本件事故当時満二〇歳(大学二年在学中)の健康な男子であり、本件事故に遭遇しなければ満六七歳まで四七年間稼働して月額平均三二万四二〇〇円の収入を得られたはずのところ、本件事故により右得べかりし収入をすべて失い右相当の損害を被つた。そこで、五〇パーセントの生活費の控除及びライプニツツ式計算法による年五分の割合による中間利息の控除を行つて、同人の死亡時における逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、三四九八万円となる(一万円未満四捨五入)。

三二万四二〇〇円×一二×(一-〇・五)×一七・九八一=三四九八万円

(2) 慰藉料 二五〇万円

(3) 車両損害(本件自動車) 六〇万九二三〇円

(二) 原告らの損害

(1) 積極損害 合計三一三万三五八八円

原告らは、左記<1>ないし<6>の金員合計三一三万三五八八円を各二分の一の割合で支出した。

<1> 治療関係費 七四一〇円

<2> 交通費 八〇〇〇円

<3> 納棺代 一五万円

<4> 運搬費 二万六〇〇〇円

<5> 事故処理費 一万七五〇〇円

<6> 葬儀費用 二九二万四六七九円

(2) 慰藉料 一五〇〇万円

昌嗣は、原告らの唯一の子であるところ、本件事故により、一人息子を失つた原告らの苦痛は計り知れないものがあり、右苦痛を慰藉するには各七五〇万円をもつてするのが相当である。

(三) 相続

原告らは、昌嗣の父母であり、前記一の同人の損害賠償請求権を法定相続分にしたがい各二分の一の割合で相続により取得した。

(二) 弁護士費用

原告らは、弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、相当額の報酬等弁護士費用の支払いを約束したが、このうち本件事故と因果関係のある損害は合計三〇〇万円(原告ら各自につき一五〇万円)である。

5  よつて、原告らは、それぞれ本件事故による損害賠償として、被告に対し、損害金合計各二九六一万一四〇九円のうち各二二五〇万円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年六月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)の各事実は認める。

2  同2の事実(事故の発生)は認める。

3  同3の事実(被告の責任)について

(一) 同3(一)(本件道路の状況)について

(1) 同3(一)(1)の事実のうち前段部分の道路状況についての原告らの主張事実はおおむね認める。ただし、クロソイド曲線の単位は、RではなくAであり、道路の横断勾配は本線〇・八六五キロポストで五パーセント、〇・七七キロポストで三・七パーセントの右勾配である。また、烏山シエルターを出ると直進できるような道路状況であつたとの部分は否認する。被告は、本線の車道外側線及びその左側の路肩部分の〇・八メートルを置いて設けられた本件減速車線の境界線(以下「レーンマーク」ということがある。)をそれぞれ幅二〇センチメートルの白色ペイントの実線により明示し、更に右境界線には〇・九二キロポストから〇・七九五キロポストにかけて四メートル間隔でレーンデイバイダーを設置し、運転者がカーブに沿つて本線内を安全に走行できるよう視線誘導を行う等配慮していたのであり、烏山シエルターを出た運転者がそのまま直進して本件減速車線に進入するような道路状況ではなかつた。

同3(一)(2)後段部分のうち、街路燈の設置間隔が原告らの主張のとおりであつたこと、本件事故当時右街路燈の点燈が一燈おきであつたこと、本件減速車線に沿つてレーンデイバイダーが設置されていたこと及び、本件事故当時わずかな降雨があつたことは認めるが、その余の原告らの主張は否認する。街路燈の点燈が一燈おき(八〇メートル間隔の照明)であつても、街路燈は高さ一〇メートルに設置された白色燈であつて、烏山シエルターから出た運転者が暗く感じるような状況ではなく、夜間、降雨下であつても本線の外側線及び本件減速車線の白線、本件ブリンカーライトの点滅燈を十分視認しうる状況にあつた。また、本件ブリンカーライトは路面から一・九三メートルと一・五一メートルの高さの位置に上下に設置された二個の黄色点滅ライトであり、これらが交互に作動するのであるから、道路運送車両の保安基準(昭和二六年運輸省令第六七号。以下「車両保安基準」という。)三七条二項三号により赤色と定められている車両の尾燈との区別は明瞭であつた。更に、レーンデイバイダーも前記のとおりの位置、間隔で設置されており、十分にその機能を果たしていた。

(2) 同3(一)(2)の事実は、本件アイランドに関する部分は認め、その余は否認する。

(二) 同3(二)の事実は、昌嗣が本件台座に激突して死亡したことは認めるが、その余の本件事故発生に至る状況については争う。前叙のとおり、本件道路は、本件事故発生時の時間、天候を考慮しても、何ら走行の安全に支障を来たすような状況にはなかつたものである。本件事故は、昌嗣が、降雨により路面が濡れていたにもかかわらず、東京都公安委員会による指定最高速度時速六〇キロメートルのところを時速約一〇〇キロメートルの高速度で進行していたところ、ハンドル操作の自由を失い蛇行して本件台座に激突したものであつて、本件事故は、専ら同人の無謀運転に起因するものといわざるをえない。

(三) 同3(三)の主張事実は争う。

4  同4の事実(損害)は不知ないし争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(当事者の地位)及び2(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  次に、本件事故当時の本件道路状況について判断する。

1  同3(一)(1)のうち、烏山シエルターの存在、本件事故現場付近の本線が右にカーブしていること(ただし、その程度を除く。)、本件減速車線が本線に沿つて設けられていること、街路燈の設置間隔が四〇メートルであり、一燈おきに点燈されていたこと、本件減速車線沿いにレーンデイバイダーが設置されていたことの各事実、同(2)のうち本件アイランドの存在及びその形状に関する原告らの主張事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  前記争いのない事実に、成立に争いのない甲五号証の二、同六号証の一、二、同七号証、乙一号証の一、二、本件事故当時における本件道路を撮影した航空写真であることに争いのない甲八号証の二、同一三号証の一、二、弁論の全趣旨により本件事故当時の本件道路及び本件事故現場付近を撮影した写真であると認められる甲九及び同一〇号証の各一ないし八、同一一号証の一ないし五、同一二及び同一三号証の各一、二、証人吉田達男の証言(後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、前掲吉田証言中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件事故現場は、本件道路の〇・七六七キロポスト付近にある本線と高井戸流出ランプとの分流部地点である。

本件事故現場付近の道路の構造、幅員等は、次のとおりである。右道路は、高井戸高架橋の一部であり、コンクリート高架の道路構造で、路面はアスフアルト舗装であり、遮音と転落防止のため高さ二メートルの防護壁(壁高欄の上部に遮音壁を設置したもの。以下同じ。)が設置され、中央部がガードレール及び遮音壁で完全に分離された上下各二車線(走行車線と追越車線)の道路である。さらに、道路幅員は、全幅が約一八メートルで、そのうち本線部分は、幅員九・三五メートルで、新宿方面に向つて左側端の防護壁内側から中央方向に縁石工〇・三五メートル、路肩〇・八メートル、レーンマーク〇・二メートル、走行車線三・四二五メートル、レーンマーク〇・一五メートル、追越車線三・四二五メートル、レーンマーク〇・二メートル、路肩〇・三メートル、そして中央側の縁石工〇・五メートルであり、多少異なる部分があるものの、本線部分の基本的な幅員は右のとおりである。

(二)  また、本件道路は、三鷹方面から進行して来ると烏山シエルターの途中からゆるやかに右にカーブ(クロソイド曲線二五〇ないし二六〇A、最大横断勾配五パーセント)している。同シエルターの出口から更に約一七五メートル進んだカーブ途中(〇・九六五キロポスト)から本線に沿つて、高架橋をなしている右道路から高井戸流出ランプに下りる本件減速車線が始まり、〇・八四〇キロポストまで約一二五メートルにわたり徐々にその幅員が広くなつている(同ポストにおける減速車線幅員は七・五五メートルである。)。ただし、本件事故当時は同ランプの供用開始前のため、本件減速車線は同地点から〇・七六三九キロポストの本線防護壁外側にかけて約七六メートルにわたり仮設防護壁(構造は防護壁と同じ。)により斜めに遮断されていた。

(三)  本件減速車線の始点(〇・九六五キロポスト)付近から終点(〇・七六三九キロポスト)付近までは、本線の路肩と本件減速車線を区分する幅〇・二メートルの白色ペイントのレーンマークがあり、そのレーンマークの左側に沿つてレーンデイバイダー(高さ三三・二センチメートル、幅八センチメートル、厚さ三・五センチメートル、ゴム製の直面部に黄色のガラス玉が二個はめ込まれて、自動車の前照燈の照明が当たると反射する性能を有する。)が〇・九二キロポイントから〇、七九五キロポイントまでの一二五メートルにわたり、四メートル間隔で合計三二個設置されていた。

また、レーンデイバイダーの終点から七メートル前方の本件分岐端寄り〇・七八八キロポスト地点で仮設防護壁から一・七メートルの位置(右レーンデイバイダーの延長線すなわち本件減速車線のレーンマークよりわずかに内側の同車線上)及びそこから更にその延長線上を五メートル進んだ〇・七八三キロポスト地点で仮設防護壁から一・五メートルの位置(レーンデイバイダー等との位置関係は前同様)には、それぞれクツシヨンドラム(黄色地に赤白の反射テープを施した直径〇・五八メートル、高さ〇・八二メートルのプラスチツク製のもので、自動車の前照燈の光に反射する性能を有している。)が合計二個設置されていた。

(四)  本件分岐端は、高さ、幅いずれも〇・八メートルで、高架構造である本線と高井戸流出路である本件減速車線との分流部に設けられ、本線路肩部外の防護壁の壁高欄の一部として〇・七六三九キロポストから約四メートル三鷹方面へ突き出している。したがつて、右分岐端の占める位置は、本線路肩の外側であり、本件減速車線内である。また、右分岐端上には本件ブリンカーライトが設置され、路面からの高さ一・五一メートルと一・九三メートルの位置に上下に二個の黄色非常点滅燈がつけられ、交互に点滅していた。

(五)  本件事故発生時は夜間で降雨があつたが、その程度はワイパーを最低速で作動させることによつてフロントガラスの雨滴を除去できるほどの少量であつて前方の視界に支障を来たすほどではなく、また、一燈おきではあるが街路燈が点燈されており、この照明により本件道路上の見通しは良好であつた。したがって、照明の明るい烏山シエルターを出た直後であつても、車両の運転者は、前記のとおりワイパーを作動させ、前照燈を点燈することによつて、十分に前方に伸展する本件道路のレーンマーク、先方のブリンカーライトの点滅等進路前方の状況を視認することができ、また、点続するレーンデイバイダーに当たる前照燈の光りの反射により視認誘導され、カーブに沿つて本線内を安全に走行できる状態も保たれていた。もつとも、事故発生時までの降雨のため、路面は相当に濡れており、速度の出し過ぎ(東京都公安委員会による指定最高速度は時速六〇キロメートル)や急激なハンドル操作はスリツプ等を誘発する危険が極めて高かつた。

昌嗣は、指定最高速度時速六〇キロメートルのところを時速一〇〇キロメートル以上の高速度で本線追越車線を走行して走行車線の車両を何台か追越し、本件分岐端に接近した辺りで走行車線に進路を変更したが、その直後に本線から逸走し、二番目のクツシヨンドラムを過ぎた付近(クツシヨンドラムがはね飛ばされたり、倒壊した痕跡はない。)で本件減速車線に進入し、制動措置、ハンドル転把を行う間もなく、本件アイランドに乗り上げほぼ正面から本件分岐端の先端部(楕円形状のむき出しのコンクリート台座でクツシヨン等の防護措置はない。)に激突した。このため、本件自動車の前部は右先端部に食い込まれるように押し込まれて大破し、カツターで切断しないとドアが開かないほどであつた。昌嗣は、右衝撃のため全身を激しく打撲し、胸腔内臓器損傷によりほぼ即死状態であつた。

四  そこで、被告の責任について判断する。

国賠法二条一項にいう営造物の設置または管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠く状態をいい、かかる瑕疵の存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものであるところ、これを本件事故現場付近の道路について検討するのに、前記認定の本件道路の状況によれば、本線は、夜間、降雨(前記認定のとおり、本件事故発生時の降雨量はわずかであつた。)下においても、スリツプに注意して指定速度を遵守し、ワイパーを作動させ、前照燈を点じ、前方を注視するなど、本件事故発生当時の本線の道路状況、気象条件等に即応したごく基本的な運転上の注意義務を遵守して運転走行する限り、本線の走行車線と本件減速車線との間に設置されていたレーンマーク、レーンデイバイダー及びクツシヨンドラムによつて右両車線は明確に画されていることのみでなく、本件減速車線に進入して走行するときには本件仮設防護壁又は本件台座等に接触又は衝突する危険のあることを容易に認識しえ、また右危険を回避しうる状態にあつたものといえるから、本線と本件減速車線との間にガードレール又は土のうの設置がないこと、本件アイランドが存していたこと、本件分岐端の手前にクツシヨンドラム等緩衝物の設置がなかつたこと等原告ら主張の事実があつても、本件事故現場付近の本件道路には高速自動車国道として通常有すべき安全性に欠けるところはなかつたものというべきである。

かえつて、前記の認定事実によれば、昌嗣は、降雨により本線の路面が濡れスリツプの危険が高かつたにもかかわらず、指定最高速度を四〇キロメートル以上も上回る時速一〇〇キロメートル以上の高速度で本件自動車を走行させ、進路変更をした直後に本件事故に遭遇したのであり、これに前記認定の本件自動車の衝突直前の軌跡及び衝突の態様等を合わせ考慮すると、本件事故の原因は、同人が進路変更の際無謀ともいうべき速度で走行したため、本件自動車が、スリツプしてハンドルを取られ、本件分岐端直前でこれに向かつて逸走するに至つたことにあるものと推認するのが相当である。

以上のとおり、被告には本件事故につき本件道路の設置又は管理の瑕疵に基づく責任があつたものと認めることはできないものというべきである。

五  よつて、その余の点について判断するまでもなく、本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸 藤村啓 竹野下喜彦)

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